アイドルそのものへ!

つねに今ここにいるアイドルそのものへと立ち戻って語ること。

【神宿から始めるアイドル入門】2.〈大きな物語〉は終わり、神宿が現れた!

 音楽ライターの南波一波はインタビューで、現在のアイドルシーンについて訊かれ、次のように答えている。「抽象的ですが、今は徐々に洗練される方向へ進んでいるように思います。よく節目とされるのは「アイドル戦国時代」ですが、一時期はたくさんのグループが誕生する中で混沌とした状態が続いていました。どのジャンルにせよ混沌とした先ではやがて洗練されていくのが常で、その前提からいえば、現在はアイドル界そのものが洗練された方向へ進む途中にみえます。」(https://ddnavi.com/news/381933/a/) 洗練されているとは、とりもなおさず、完成度が高いということだ。

 しかし、従来のアイドル評論家たちが語ってきたところによれば、アイドルの魅力は、彼女たちが「完成されていない」というところにあるのだった。たとえば、アイドル評論家の中森明夫は、アイドルが歌やダンスといったパフォーマンスの面で、歌手やダンサーに比べると劣ると主張し、アイドルは「欠点を魅力に変える」存在であり、「「好き」になってもらう仕事」だと述べた(中森 2017)。また、評論家の宇野常寛は、おニャン子クラブについて、「「素人っぽさ」が強調されることでリアリティを、つまり「作り物ではない」という感覚を消費者層に演出することに成功していた」(宇野 2011)と分析し、こういった手法がAKB48でもアップデートされて用いられていると述べている。

 また、AKB48ももクロは、武道館や西武ドームといった、大きな会場での公演を「夢」として掲げ、成長し、その夢を叶えてゆくという〈大きな物語〉を、ひとつの売りにしていた。この成長物語を、安西は丸山眞男の言葉を引用して、「つぎつぎになりゆくいきほひ」(自然の無限の成長をモデルとした神話的な歴史観)と表現している(安西 2013)。

 ところが、大きな会場での公演を目指して成長していくという物語は、様々なアイドルグループによって繰り返されるうちに、徐々にクリシェとなり、陳腐化していった。たとえば、℃-uteが、「夢だったさいたまスーパーアリーナでの公演の実現を機に解散」という物語を描いたとき、一部では「とってつけたような理由」(http://bolonger-lab.com/geino/1626)と批判する声も見られた。

 神宿のメンバーも、夢を叶えるという成長物語を描くことは、なくはない。たとえば、「結成後最初のTIFに出演することができず、翌年にその夢が叶ってうれしかった」といった具合である。しかし、彼女たちの語り口は、あくまであっさりしたものであり、とりたててグループとして、成長し、大きなステージに立つという物語を積極的に提示することはない。それもそのはずである。神宿は、最初から完成されていた。スカウトされたメンバーが顔をそろえたのは2014年の9月7日。そして、9月28日にはワンマンライブを行い、120人のファンを集客。オリジナル曲3曲を早くも披露している。翌年には初シングルを発売し、完売。BEAMSとコラボしてグッズをリリース。TIFには出演し損ねたものの、同じく大手アイドルフェスである@JAM EXPOには出演。そして年末にはオリジナルアルバムをリリース。小さなハコでの長く暗い下積みを経たわけでもなければ、最初のライブにはメンバーの数よりも少ない観客しかいなかったわけでもない。そう、神宿は最初から完成されており、それゆえに、不完全なアイドルが成長し、夢を叶えていくという、従来のアイドルのような〈大きな物語〉を必要としないのである。付言すれば、彼女たちの歌やダンスは最初から一定の水準に達しており、「アイドルは歌が下手」といった、中森が述べているような従来型アイドルの特徴にはあてはまらない。

 冒頭の、南波の発言に話を戻す。南波が述べる「洗練された」アイドルの典型例が、神宿だと私は思う。最初から高い完成度を誇り、夢と成長という〈大きな物語〉を売ることなく、確実にステージをこなし、ファンを魅了していく。そういったアイドルグループが増えてきた。アイドル運営のノウハウが蓄積され、試行錯誤の必要がなくなったことも一因だろう。神宿の運営が、もともとはTIFのスタッフとして集まった大学生たちだというのも象徴的である。彼らはアイドルが好きであり、最初から、従来のアイドルについての知見を踏まえた上で運営を行うことができた。また、アイドルの増加により、お手本にするアイドルもまた増加していることも、メンバーたちが試行錯誤せずにアイドル像を捉えることを可能にしているだろう。

 アイドルの〈大きな物語〉は、クリシェとなって飽きられ、終焉を迎えた。歌もダンスも下手な素人が、夢に向かって成長していく――そんなアイドルの時代は終わりをつげた。神宿に代表される今のアイドルは、最初から完成された「アイドル」として、私たちの目の前に立ち現れるのだ。

 

【参考文献】

安西信一(2013)『ももクロの美学――〈わけのわからなさ〉の秘密』廣済堂新書

宇野常寛(2011)「AKB48の歌詞世界 キャラクター生成の永久機関」、『別冊カドカワ 総力特集 失われた詩人としての秋元康KADOKAWA

中森明夫(2017)『アイドルになりたい!』ちくまプリマ―新書